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市内の指定・登録文化財 建造物

ページID:0002382 更新日:2024年3月14日更新 印刷ページ表示

国指定

太宰府天満宮末社志賀社本殿(重要文化財)

太宰府天満宮末社志賀社本殿画像

読み/だざいふてんまんぐうまっしゃしがしゃほんでん
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/明治40年5月27日指定

太宰府天満宮の太鼓橋横にある境内現存最古の建物で、長禄2(1458)年の建立と伝えられていますが、近世の修理・改造も多くみられます。建物は正面一間、側面一間の入母屋造の檜皮葺で、正面には千鳥破風と向唐破風の向拝(拝礼のための突き出た部分)が一間付いています。祭神は綿津見三神とされます。

太宰府天満宮本殿(重要文化財)

太宰府天満宮本殿画像

読み/だざいふてんまんぐうほんでん
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/明治40年5月27日指定

天正19(1591)年に豊臣秀吉の命を受けて小早川隆景が再建したもので、五間社流造の檜皮葺の建物で、正面に大唐破風の向拝(拝礼のための突き出た部分)が一間、左右両側にも同じような唐破風の車寄せを付けています。本殿下には、菅原道真の墓があると伝えられ、本殿前には道真を慕って都から飛んできたとされる飛梅が咲き誇ります。

七重塔(重要文化財)

七重塔画像

読み/しちじゅうのとう
所在/朱雀二丁目5
指定年月日/昭和29年3月20日指定

古代寺院般若寺があったとされる丘陵にある花崗岩製の七重塔です。基礎からの高さは3.35mを測り、台石には金剛界四方仏の梵字が刻まれています。その作りから鎌倉時代後期の造立と考えられます。

多宝千仏石幢(重要文化財)

読み/たほうせんぶつせきどう
所在/石坂4丁目7-2 九州国立博物館所蔵
指定年月日/昭和10年5月13日指定

中国・遼の石造の八角経幢(仏教のお経を刻んだ石柱)で、刻銘に中国年号があり、太康10(1084)年に建てられたことがわかります。

県指定

観世音寺金堂及び講堂

観世音寺金堂及び講堂画像

読み/かんぜおんじこんどう および こうどう
所在/観世音寺五丁目6-1 観世音寺
指定年月日/昭和32年8月13日指定

観世音寺が誇っていた大規模な伽藍は、度重なる災害や戦火で失われ、現在残る金堂と講堂は、江戸時代前期頃に再建されたものです。2棟とも入母屋造の本瓦葺で、金堂は桁行五間、梁間四間。講堂は桁行三間、梁間二間で裳階がめぐり外観重層をなしています。

天満宮の石造鳥居

天満宮の石造鳥居画像

読み/てんまんぐうのせきぞうとりい
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/昭和36年10月21日指定

太宰府天満宮の太鼓橋の手前に建てられている鳥居です。花崗岩で造られた明神鳥居で、建立年月日は定かではありませんが、諸資料から鎌倉時代末期から室町時代に造られたものとされています。

天満宮の石造燈籠

天満宮の石造燈籠画像

読み/てんまんぐうのせきぞうとうろう
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/昭和36年10月21日指定

回廊内の池の脇、本殿に向かって右手にあります。高さ2.47メートルの凝灰岩製で、慶長13(1608)年に初代福岡藩主黒田長政が寄進したものです。

戒壇院本堂

戒壇院本堂画像

読み/かいだんいんほんどう
所在/観世音寺五丁目7 戒壇院
指定年月日/平成8年5月31日指定

戒壇院は、天平宝字5(761)年に建立され、かつて日本三戒壇のひとつに数えられました。本堂は切石の基壇上に建てられ、下層は五間、上層は三間の重層入母屋造で、屋根は本瓦葺、正面には一間の向拝(拝礼のための突き出た部分)が付いています。建立は延宝8(1680)年と伝えられていますが、元禄年間に現在のようになったものと考えられます。

戒壇院鐘楼

戒壇院鐘楼画像

読み/かいだんいんしょうろう
所在/観世音寺五丁目7 戒壇院
指定年月日/平成12年11月1日指定

戒壇院本堂東南にあります。石積基壇上に建つ入母屋造の本瓦葺の建物で、建物下半には袴腰という着物の袴のような台形状の腰板が貼られています。宝永元(1704)年に建てられたもので、鐘楼としては県内最古級のものです。

市指定

相輪橖

相輪橖画像

読み/そうりんとう
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/平成24年5月25日指定

相輪橖とは塔婆を簡略化したもので、この相輪橖は、享和2(1802)年、菅公900年忌にあたり、博多の商人らによって発願奉納されたものです。鋳造は博多鋳物師の山鹿氏によるものです。中央柱は高さ6メートル、脇柱は高さ2.4メートルです。明治の神仏分離令の影響で、現在境内に所在する天満宮安楽寺の建築物としては唯一のものです。また、全国的にも数少ない建築物として貴重です。

老松社本殿

老松社本殿画像

読み/おいまつしゃほんでん
所在/宰府四丁目7-1 太宰府天満宮
指定年月日/平成27年10月20日指定

老松社本殿は、太宰府天満宮本殿の北側にあり、三間社流造の銅板葺です。建築様式から17世紀後半に建立されたと推測され、近世初期の特徴が良好に残っています。市内では太宰府天満宮本殿と志賀社に次いで古く、学術的価値は極めて高い。

日吉神社本殿・拝殿 附 棟札

日吉神社本殿画像

読み/ひよしじんじゃほんでん・はいでん つけたり むなふだ
所在/観世音寺五丁目837 日吉神社
指定年月日/平成27年10月20日指定

日吉神社は観世音寺北側の丘陵上にあります。本殿は一間社流造、銅板葺で、造りが丁寧で、蟇股や木鼻など各部材を良好に残しています。細部の造りから17世紀後半の建立と推測されます。拝殿は正面三間、側面二間、入母屋造妻入、桟瓦葺で、墨書から正徳4(1714)年の建立とわかります。市内で唯一残る江戸期の拝殿を備えた本殿として貴重である。

宝満山の石造鳥居

宝満山の石造鳥居画像

読み/ほうまんざんのせきぞうとりい
所在/大字内山1316
指定年月日/平成27年10月20日指定

この鳥居は、宝満山山中にあり、一の鳥居と呼ばれ、延宝7(1679)年に建立されています。宝満山で江戸期に建立された建築物は、廃仏毀釈によって破壊されており、この鳥居は宝満山に残る数少ない江戸期の建築物です。建立年代や施主が明確な鳥居としては市内で最も古いものです。

国登録

観世音寺宝蔵

観世音寺宝蔵の外観写真読み/かんぜおんじほうぞう
所在/観世音寺五丁目51-3 観世音寺 
登録年月日/令和6年3月6日登録

観世音寺は七世紀後半に天智天皇が母・斉明天皇の供養のために創建した寺院です。この宝蔵は、観世音寺が持つ仏像を保管・展示するため、昭和34年(1959)に伊藤要太郎の設計により建築された、鉄筋コンクリート造2階建の瓦葺きの建物です。境内景観や仏像を展示する内部空間との調和をはかるため、寺院建築の意匠にもとづいた和風意匠でまとめられており、端正かつ優美な戦後の和風建築として評価されました。

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