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友好都市 多賀城市(宮城県)

ページID:0001889 更新日:2021年8月31日更新 印刷ページ表示

基本情報

多賀城市位置図

宮城県のほぼ中央、太平洋岸に位置し、周辺には仙台市や日本三景の松島などがあります。平成23年の東日本大震災からの復興とともに、「東北の文化交流拠点」として、歴史、景観、文化を生かしたまちづくりを進めています。

  • 友好都市協定締結 平成17年11年21日
  • 人口 62,136人(令和4年1月1日)
  • 面積 19.69平方キロメートル

関連ホームページ

主な名所

多賀城跡、多賀城碑/壺碑、末の松山、あやめ園、浮島神社、おもわくの橋、東北歴史博物館 など

多賀城跡(たがじょうあと)

多賀城跡

奈良・平安時代に陸奥国府が置かれ、奈良時代には鎮守府も併せ置かれた古代東北の政治・軍事・文化の拠点です。奈良の平城宮跡、大宰府跡とともに日本三大史跡といわれ、多賀城廃寺跡とともに特別史跡に指定されています。
平安時代、都の貴族たちはこの地を「みちのく」の名で憧れ、多くの歌を詠んできました。(特別史跡、日本遺産)

多賀城碑/壺碑(たがじょうひ/つぼのいしぶみ)

多賀城碑

奈良時代に多賀城の修造を記念して造られた石碑です。仙台藩二代藩主伊達忠宗の頃に土中から発見されると、西行らが和歌に詠んだ歌枕ゆかりの地「壺碑」と関連付けられ、有名になりました。
この地を訪れた松尾芭蕉は、他の歌枕と違い、昔と変わらぬ姿を留める多賀城碑に感動したことを『おくのほそ道』に記しています。(国重要文化財、国名勝おくのほそ道の風景地、日本遺産)

末の松山(すえのまつやま)

末の松山

みちのくを代表する恋愛を象徴する歌枕ゆかりの地です。
松尾芭蕉は、松の間に墓が点在する光景を見て、「変わらぬ男女の契りも結局は眼前に見るような墓の下に帰してしまうものである」と、この世の無常を感じたことを『おくのほそ道』に記しています。(国名勝おくのほそ道の風景地、日本遺産)

興井(おきのい)

興井

古くは小野小町や二条院讃岐などが和歌に詠んだ歌枕ゆかりの地です。仙台藩四代伊達綱村は、地元の有力者を「奥井守」に任命し、諸役を免除する代わりに興井を手厚く保護させました。
松尾芭蕉の旅に同行した曾良も、興井について書き記しています。(国名勝おくのほそ道の風景地、日本遺産)

主な特産品(イベント)

古代米、しろのむらさき、笹かまぼこ、多賀城跡あやめまつり など

古代米

古代米の画像

稲の原種に近い米で、ポリフェノールの一種である「アントシアニン」をはじめ、各種ビタミン、カリウム、カルシウムなどの栄養素を豊富に含んでいます。
白米1合に対し古代米をティースプーン1杯分(約5グラム)を加えて炊けば、お赤飯のような桜色のご飯ができます。

しろのむらさき

しろのむらさきの画像

多賀城市の特産品であるの「古代米」を使用した、歴史のまち多賀城の新たなグルメブランドです。
お店でじっくり味わいたい自慢の一品からケーキや和菓子などのスイーツ、多賀城でしか買えないお土産品などがあります。

多賀城跡あやめまつり

多賀城跡あやめまつりの画像

毎年6月中旬から6月下旬頃に開催され、東北随一800種300万本のアヤメ、ハナショウブ、カキツバタが色鮮やかに咲き誇るまつりです。
期間中の土日には、郷土芸能などのステージイベントが行われるほか、出店やおみやげ品の販売、野だて、押し花、切り絵などの体験もできます。

イメージキャラクター

たがもん

たがもんの画像

「たがもん」は多賀城市観光協会のイメージキャラクターです。多賀城の外郭南門をイメージして誕生しました。

  • 生まれた所 陸奥国(むつのくに)多賀城
  • 誕生日 神亀元年(724年)4月1日
  • 性別 男
  • 身長 約12メートル(相手、場所など状況によって変わる事が可能)
  • 血液型 O型
  • 性格 意志堅固、常にどっしりと
  • 得意な事 古代の歴史に関しては、どの様な難問にも答える事が出来る。
  • 趣味 ゲートボール
  • お仕事 多賀城市観光協会 特命観光PR大使。多賀城の観光PRと史跡ガイド
  • 常にいるところ 多賀城政庁跡とその付近

友好都市提携の経緯

友好都市協定締結 平成17年11月21日

古代の大宰府と多賀城は、ともに奈良時代に朝廷の出先機関「遠の朝廷(とおのみかど)」として置かれ、西海道(九州)と陸奥・奥羽(東北)地域を治める役所、外交・防衛の拠点として、ほぼ同時期に機能していました。

また、万葉歌人として活躍した大伴旅人が息子家持を伴って大宰府に赴任し、多くの歌を残したのに対し、同じく万葉歌人として活躍した家持は、鎮守府将軍として多賀城に赴任し、晩年を過ごすなど、約1300年の昔から深い縁で結ばれています。

現在の大宰府跡、多賀城跡は特別史跡に指定されており、大都市圏の周辺自治体として、人口規模や都市機能などがよく似ている両市の交流をさらに深めていくため、平成17年の九州国立博物館開館を機に、友好都市提携に関する協定書を締結しました。

主な交流

  • 小中学校での友好都市献立給食(平成25年度から継続)
  • 多賀城跡あやめまつり 太宰府市ブース出展(平成26年度から継続)
  • 太宰府市立中学校「ふるさと・夢プロジェクト」多賀城市訪問(平成29年度から継続)
  • 東日本大震災復興支援 太宰府市職員派遣(平成23年度から令和2年度)
  • 太宰府市民政庁まつり 多賀城市ブース出展(平成18年度から令和元年度)
  • 多賀城市立中学校「友好都市中学校交流事業」太宰府市訪問(令和元年度)
  • 友好都市10周年記念 子ども親善使節団 相互訪問(平成27年度)
  • 太宰府ジュニアリーダーズクラブ 多賀城市訪問(平成25年度)
  • 3・11復興の灯 開催(平成23年度・24年度)
  • 太宰府市民訪問団 多賀城市訪問(平成18年度)

多賀城市子ども親善使節団の画像
多賀城市子ども親善使節団

太宰府市民政庁まつりの画像
太宰府市民政庁まつり

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