古代の大宰府は、「遠の朝廷」として西海道(九州)そして大陸の向けた外交や防衛の拠点でしたが、東北地方で同じような役割をもったもう一つの「遠の朝廷」が、蝦夷を平定し陸奥・出羽国を治めた国府「多賀城跡」として現在の宮城県多賀城市に残っています。 また、万葉歌人大伴家持が大宰府で活躍した後、晩年になって鎮守府将軍として多賀城に赴任したという経緯もあり、大宰府も多賀城も万葉文化の花開いた土地であるという共通点も持っています。 さらに、現代の町の機能としても、大都市のベッドタウンとして、歴史と緑あふれる文化の香り高いまちづくりに取り組んでいる共通点もあります。 歴史的に関係が深く、共通点の多い太宰府市と多賀城市が市民をはじめさまざまな交流を通して、先人たちの学術・芸術・技術の枠である文化財に学び、魅力ある個性豊かなまちづくりを推進するうえで、友好都市の締結はたいへん意義深いものであることから、平成17年11月21日多賀城市と友好都市の締結をしました。
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