市内の指定文化財 彫刻

国指定有形文化財

木造仏像(伝薬師如来坐像)

木造仏像(伝薬師如来坐像)画像

読み/もくぞうぶつぞう(でんやくしにょらいざぞう)
所在/国分4丁目13-1 国分寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高212.1センチメートルで、頭部はヒノキ、胴部はマキ、背面はクス材の寄木造です。面部は平安時代の表情をしていますが、体部の造りや衣文の表現は室町時代以降と考えられ、幾度かの修理の歴史が推察されます。像名には様々な説があり、寺では薬師如来と伝えています。

木造阿弥陀如来坐像

木造阿弥陀如来坐像画像

読み/もくぞうあみだにょらいざぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

観世音寺金堂の本尊として安置されていたもので、像高219.7センチメートル、クス材の寄木造で、12世紀前半頃の作とみられます。昭和32 (1957) 年の解体修理の際、元禄2 (1689) 年の修理の時納入された阿弥陀経10巻が発見されました。

木造阿弥陀如来立像

木造阿弥陀如来立像画像(九州国立博物館提供)

読み/もくぞうあみだにょらいりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高167.3センチメートル、カヤ材の一木造で、平安時代前期の作とみられます。衣の折り目の彫り方が独特で、股間に流れるY字状の折り目の鋭角的な切り込み、左袖外側にも伸び伸びとした刀さばきが見られます。現在九州国立博物館に貸出中です。

木造盧舎那仏坐像

木造盧舎那仏坐像画像

読み/もくぞうるしゃなぶつざぞう
所在/観世音寺5丁目7 戒壇院所蔵
指定年月日/明治37年8月29日指定

戒壇院の本尊で、像高148.5センチメートル。ヒノキ材の寄木造で、平安時代末期の作とみられます。薄い衣文の美しい流れなど藤原仏の特色を見せますが、胸の厚みは薄く、藤原仏のゆったりと安座する姿とは少し違った印象を受けます。近世に修理が行われ、光背や台座が新調されています。

木造十一面観音立像

木造十一面観音立像画像

読み/もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高498.0センチメートル、ヒノキ材の寄木造で、胎内の墨書から、延久元 (1069) 年、大仏師甲斐講師暹明の作とわかります。観世音寺は康平7(1064)年の大火で、そのほとんどの仏像を失っていますが、この像はその直後に再興した像の代表的なものです。

木造観音菩薩立像

木造観音菩薩立像画像

読み/もくぞうかんのんぼさつりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

「杵島観音」とも呼ばれ、像高168.0センチメートル、クス材の一木造で、12世紀初頭前後の作と考えられます。胎内の墨書から大仏師良俊・俊頼らの作とわかります。頭部は太めの髻を結び、穏やかな顔立ちで、衣の折り目など柔らかに美しく整えられ藤原時代の特徴を示しています。

木造観音菩薩坐像

木造観音菩薩坐像画像

読み/もくぞうかんのんぼさつざぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

観世音寺講堂に本尊として安置されていたもので、像高321.0センチメートル、クス材の一木造で、諸記録によると治暦2 (1066) 年の作とわかります。胎内には造立時の僧侶や俗人の名が墨書されています。

木造馬頭観音立像

木造馬頭観音立像画像

読み/もくぞうばとうかんのんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高503.0センチメートル、ヒノキ材の寄木造で、頭体部の墨書から大仏師真快、明春らの作とされ、諸史料から大治年中(1126~1131)の作と考えられています。頭部は三眼の忿怒面(怒った顔)が四面あり、頭上に馬頭を載せています。馬頭観音の作例としては、国内最大のものです。

木造地蔵菩薩半跏像

木造地蔵菩薩半跏像画像

読み/もくぞうじぞうぼさつはんかぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/大正元年9月3日指定

像高123.6センチメートル、頭と体部はクス材の一木造、膝前・両袖と背面の一部は別木です。平安時代後期の作と考えられています。この時期の地蔵菩薩の半跏像は例が少なく、貴重な作例です。

木造地蔵菩薩立像

木造地蔵菩薩立像画像

読み/もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/大正元年9月3日指定

像高136.3センチメートル、クス材の一木造で、平安時代後期の作と考えられます。顔や首は損傷が著しく、大正期に修理されましたが、体部の肉付や股間に小刻みにつくるY字形の衣文の彫り出しなど古式の様相が残されています。

木造不空羂索観音立像

木造不空羂索観音立像画像

読み/もくぞうふくうけんさく(じゃく)かんのんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高517センチメートルで観世音寺の仏像の中で最大です。クス材の一木式の構造ですが、頭体部は前後二材を組み合わせ、内部をくり抜き、肩・肘・手首を繋いでいます。胎内には塑像の心木と残片、経典がおさめられ、造立銘から貞応元(1222)年、大仏師琳厳らの作であることがわかります。

木造十一面観音立像

木造十一面観音立像画像

読み/もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

像高303センチメートル、ヒノキ材の寄木造で面部のみクス材を用いています。仁治3(1242)年に前の像が傷んだため造られたものです。表情や裳(腰より下にまとった衣)の折り目が古い調子で整えられています。

木造十一面観音立像

木造十一面観音立像画像

読み/もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
生年月日/明治37年2月18日指定

像高103.3センチメートル、ヒノキ材の一木造で、平安時代末あるいは鎌倉時代初期の作と考えられます。衣文の折り目が形式的で、観世音寺の仏像群の中でも、違和感ある仏像で、他所から持ち込まれた客仏であった可能性が考えられます。

木造毘沙門天立像

木造毘沙門天立像画像

読み/もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

兜跋毘沙門天とも呼ばれるもので、眉や目を怒らせ、強く口を結んでいます。像高160.0センチメートル、クス材の一木造で足下の邪鬼も同じ材から彫り出されています。10世紀頃の作と考えられ、観世音寺の群像のうち最古のものです。

木造四天王立像

木造四天王立像画像

読み/もくぞうしてんのうりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

観世音寺旧金堂の本尊である阿弥陀如来坐像の四隅に安置されていた四天王です。四天王は仏法を守る神々で、鎧をつけ邪鬼を踏みつけています。4躯ともクス材の一木造で、像高はそれぞれ持国天236センチメートル、増長天234センチメートル、広目天224センチメートル、多聞天226センチメートルです。11世紀頃の作と考えられます。
画像はそのうちの増長天です。

木造吉祥天立像

木造吉祥天立像画像

読み/もくぞうきっしょうてんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

クス材の寄木造で、像高215.5センチメートルで吉祥天としては国内最大級のものです。12世紀初頭前後の作と考えられます。おおらかにゆったりと直立した像で一木調の古い印象を受けますが、衣文が浅く、形も意匠化され、全体に温和にまとめられています。

木造大黒天立像

木造大黒天立像画像

読み/もくぞうだいこくてんりゅうぞう
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

クス材の一木造で像高171.8センチメートル。福々しい笑みではなく眉をしかめ忿怒の表情を浮かべる古式の大黒です。体をやや前傾し腰を左にひねり、左手に背から肩にかけた袋を握っています。平安時代後期の作で、大黒天の中で最大のものです。

木造舞楽面

木造舞楽面画像

読み/もくぞうぶがくめん
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

舞楽は8世紀頃に中国から伝えられたもので、面を付け雅楽にあわせ踊ります。「観世音寺資財帳」には、伎楽や舞楽などの様々な調度品が記されていますが、今は陵王面と納曽利面だけが伝わっています。この面は鎌倉時代の制作とみられます。
画像は陵王面です。

石造狛犬

石造狛犬画像

読み/せきぞうこまいぬ
所在/観世音寺5丁目6-1 観世音寺所蔵
指定年月日/明治37年2月18日指定

中国の宋の影響がうかがえる一対の狛犬で、阿形は右前足で手毬をとり、吽形は左前足で子獅子を抱いています。宗像大社の宋風獅子に比べて獅子と毬の組み合わせが阿吽逆となっている点など、和風化した傾向がみられます。鎌倉時代の作と考えられます。

県指定有形文化財

木造狛犬

木造狛犬画像

読み/もくぞうこまいぬ
所在/宰府4丁目7-1 太宰府天満宮所蔵
指定年月日/昭和57年4月1日指定

昭和53年に竈門神社の拝殿床下から発見された、阿形・吽形一対の狛犬で、像高90センチメートル、クス材の一木造です。一材を割り内部をくり抜き、前足を別材でつなぎ合わせています。吽形の胎内には「永禅作」の墨書があり、15世紀後半頃に造られたものと考えられます。

木造地蔵菩薩立像 附 地蔵菩薩像再興銘札及び地蔵堂棟札

読み/もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう つけたり じぞうぼさつぞうさいこうめいふだおよびじぞうどうむなふだ
所在/大字北谷 北谷区
指定年月日/平成11年3月19日指定

本像は宝満山西麓にある地蔵堂の本尊として安置されています。像高は127.0センチメートルのヒノキ材一木造で、表情や体部の肉どり、衣文の表現などから、平安時代後期にさかのぼると考えられます。古代宝満山の仏教文化の繁栄を偲ばせる唯一の木彫仏です。

市指定有形文化財

木造文殊菩薩・弥勒菩薩立像 光背、蓮華座および方形台共

木造文殊菩薩・弥勒菩薩立像 光背、蓮華座および方形台共画像

読み/もくぞうもんじゅぼさつ・みろくぼさつりゅうぞう こうはい、れんげざおよびほうけいだいとも
所在/観世音寺5丁目7 戒壇院所蔵
指定年月日/平成5年7月27日指定

両像は江戸期における戒壇院復興の際、本尊盧舎那仏の脇侍として、元禄13 (1700) 年、京仏師照暁によって製作されたものです。像高はそれぞれ146.5センチメートルと147.5センチメートルで、ヒノキ材の寄木造です。両像は水城村を中心に近隣の村々の人たちが喜捨して造立したものです。

木造鑑真和上坐像、後屏、牀座共

木造鑑真和上坐像、後屏、牀座共画像

読み/もくぞうがんじんわじょうざぞう、こうへい・しょうざとも
所在/観世音寺5丁目7 戒壇院所蔵
指定年月日/平成5年7月27日指定

この像は宝永2(1705)年、江戸期の戒壇院復興事業のひとつとして、京仏師照暁と住持運照親子連携によって制作されました。像高は70.7センチメートル、ヒノキ材の寄木造で、唐招提寺の鑑真像の模刻としては、近世の古例に属するものです。

六座の面 附 納入箱

読み/ろくざのめん つけたり のうにゅうばこ
所在/宰府4丁目7-1 太宰府天満宮所蔵
指定年月日/平成24年5月25日指定

六座の面は、中世後期の作と考えられ、美術史的には近世になって定形化された能面より古い要素を持っています。これらは、かつて宰府や観世音寺にあった祇園社に能が奉納されていた時に用いられたものと推測され、中世太宰府の職能集団である「六座」の活動を知ることのできる歴史的価値を有する点でも貴重です。

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