観世音寺5丁目

高橋紹運公墓道碑

【登録番号】F0095
【名称】高橋紹運公墓道碑
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】観世音寺5丁目に所在する高橋紹運墓への道を示す道標。表面には「高橋紹運墓道 是ヨリ七町」と刻銘されており、この地点から安養寺武藤少弐の墓を経て、岩屋城二の丸へと登っていく。石碑自体は明治38年(1905)、乙金村の高原謙次郎によって建立されたものである。

高橋紹運公墓道碑画像と位置図

旧小字標石 堂廻(どうめぐり)

【登録番号】F0102
【名称】旧小字標石 堂廻(どうめぐり)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】住居表示により古い地名が失われるため、平成5年(1993)8月に太宰府市が旧小字名を石標に刻して建立したもの。地名である「堂廻」は「どうめぐり(どうまわり)」と読み、観世音寺の寺領の内、講堂、金堂、戒壇院を含む箇所を意味している。

旧小字標石 堂廻の画像と位置図

観世音寺

【登録番号】F0103
【名称】観世音寺
【所在場所】観世音寺5丁目(観世音寺)
【文化遺産情報】朝鮮半島出兵のために筑紫に出向き、661年に朝倉橘広庭宮で亡くなった御母斉明天皇を弔うため、息子天智天皇が発願した寺。度重なる災害で、現在の講堂・金堂は江戸時代に再建。宝蔵には平安・鎌倉期の巨大な仏像16体等が安置(重要文化財)。また、国宝の梵鐘が現存。

観世音寺画像と位置図

戒壇院

【登録番号】F0104
【名称】戒壇院
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】天平宝字5(761)年、東大寺戒壇院に続き、下野薬師寺の戒壇院とともに設置された三戒壇のひとつ。観世音寺内に置かれ、西海道諸国の僧尼の受戒所で、通称西戒壇と呼ばれていた。元禄16(1703)年に観世音寺から分離独立し、現在は臨済宗妙心寺派、山号は宝珠山である。

戒壇院画像と位置図

旧小字標石 山ノ井(やまのい)

【登録番号】F0105
【名称】旧小字標石 山ノ井(やまのい)
【所在場所】観世音寺5丁目(日吉神社入り口)
【文化遺産情報】住居表示により古い地名が失われるため、平成5年(1993)8月に太宰府市が旧小字名を石標に刻して建立したもの。日吉神社入口に所在している。周辺に「弘法水」や「五色の井」などの湧水地が山際にある。

旧小字標石 山ノ井の画像と位置図

旧小字標石 今道(いまみち)

【登録番号】F0106
【名称】旧小字標石 今道(いまみち)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】住居表示により古い地名が失われるため、平成5年(1993)8月に太宰府市が旧小字名を石標に刻して建立したもの。観世音寺境内の東北隅、サルサワ池の跡付近に所在している。発掘調査により中世の道路が見つかっている。

旧小字標石 今道の画像と位置図

旧小字標石 御所ノ内(ごしょのうち)

【登録番号】F0107
【名称】旧小字標石 御所ノ内(ごしょのうち)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】平成5年(1993)の住居表示変更により無くなる小字名を記録するために建立された標石の1つ。標石には小字名「御所ノ内」が刻銘されている。小字名の由来は、鎌倉時代に武藤氏の館(御所)があったためと伝えられている。

旧小字標石 御所ノ内の画像と位置図

大師堂

【登録番号】F0108
【名称】大師堂
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】木造瓦葺で中に、石造弘法大師坐像、石造弘法大師坐像、金銅塗大日如来坐像他があり、地元で祀る。御堂は昭和47(1972)年再築。

大師堂画像と位置図

本殿拝殿(日吉神社)

【登録番号】F0109
【名称】本殿拝殿(日吉神社)
【所在場所】観世音寺5丁目(日吉神社)
【文化遺産情報】比叡山延暦寺の鎮守神・日吉(ひえ)神社を勧請したもの。現在、年中行事は氏子会のお世話で続けられている。約100人位の地域住民で構成されており、おこもり、宮座には各々40~50人が参加している。平成21年(2009)末から観世音寺ライトアップに合わせて、行灯照明を行っている。

本殿拝殿画像と位置図

旧小字石標 朝日(あさひ)

【登録番号】F0114
【名称】旧小字石標 朝日(あさひ)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】平成5年に太宰府市で建てられた小字の石標の一つ。朝日山の東に位置するが山は今は無い。この地に崇福寺に関連する朝日地蔵(旭地蔵)が祀られている。

旧小字石標 朝日の画像と位置図

朝日地蔵堂

【登録番号】F0115
【名称】朝日地蔵堂
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】鎌倉時代、横岳山崇福寺の開基、湛慧(たんね)禅師の入定の地とされる。伝承では禅師が正月に観世音寺の前を通りかかった時、観世音寺では正月最初に門前を通った者を鬼とするならわし(追儺・ついな)があった為、捕えられて追儺の鬼にされた。これを恥じて後年、この地に穴を掘って籠もり入定したと言われている。

朝日地蔵堂画像と位置図

朝日山遺跡石仏石塔群

【登録番号】F0116
【名称】朝日山遺跡石仏石塔群
【所在場所】観世音寺5丁目(朝日山公園内)
【文化遺産情報】住居地公園の大きなセンダンの木の下にある石塔群。開発に伴って発掘された石造物を集めて説明板を立てている。

朝日山遺跡石仏石塔群画像と位置図

導水トンネル(新山の井池~上方・朝日水路)

【登録番号】F0117
【名称】導水トンネル(新山の井池~上方・朝日水路)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】新山の井池が出来た後で、その水利用の為、一部を池の堤添いに溝に流し、日吉神社の続きの山の下をトンネル堀して上方、朝日地区の用水とした。現在も水田用に利用されている。

導水トンネル画像と位置図

山の井池石塔群

【登録番号】F0118
【名称】山の井池石塔群
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】池のほとりに苔むす石塔あり。五輪塔を集めてある。いつからあるか不明。

山の井池石塔群画像と位置図

導水トンネル(新山の井池導水トンネル入口)

【登録番号】F0120
【名称】導水トンネル(新山の井池導水トンネル入口)
【所在場所】観世音寺5丁目
【文化遺産情報】大正年間に農業用溜池を増やす為に隊道をつくり、新山の井池を造った。四王寺山の水が山の池に落ちる場所に、導水トンネルを掘り、この新山の池を造った。

導水トンネル付近の風景と位置図

ぼう(偏が「日」、旁が「方」の機種依存文字)の墓

【登録番号】F0147
【名称】玄ぼう(偏が「日」、旁が「方」の機種依存文字)の墓
【所在場所】観世音寺5丁目(観世音寺)
【文化遺産情報】玄ぼう(偏が「日」、旁が「方」の機種依存文字)は奈良時代の僧。渡唐中は玄宗皇帝、帰国後は聖武天皇からの信任厚く、重用された。後に観世音寺造営を命じられ大宰府に下り、天平18(746)年6月、落慶法要中、怨霊に空高く連れ去られ、胴や手足がばらばらに落ちてきた。この怪死は「藤原広嗣の怨霊に殺されたのだ」と噂された。

玄?の墓画像と位置図

旗立石(日吉神社)

【登録番号】F0151
【名称】旗立石(日吉神社)
【所在場所】観世音寺5丁目(日吉神社)
【文化遺産情報】日吉神社参道入口にある旗立石。現在も活用されており、正月には氏子会で製作した幟を、七夕ごもりの時には短冊で飾った笹を立てるのに用いられている。

旗立石画像と位置図
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